なぜ男性は助産師になれない?海外事情と関連職種も合わせて徹底解説

歳の離れたきょうだいが産まれた男の子。お母さんの妊娠から出産を見守る機会がありました。
男の子は生命の誕生に感動し、赤ちゃんを自分の手で取り上げる「助産師」になりたいと考えます。
でも、お父さんから「男の助産師さんなんて見たことない。多分いないよ」と言われてしまいました。
え、ほんとうに?
じゃあ、ぼくが日本で初めての男の助産師さんになる!


お父さんの言うとおり、日本に男性助産師はいません。男の子の願いが、この先かなう見込みはあるのでしょうか?
この記事では「男性助産師」を取り巻く状況について解説していきます。
この記事でわかること
•助産師とは何か
•男性が助産師になれない理由
•「男性助産師」の歴史
•男性助産師が実現できない理由
•海外の男性助産師事情
•男性でも就ける関連職種
•男性助産師誕生の可能性
Contents
そもそも助産師ってどんな職業?


助産師のしごと
助産師とは妊娠から出産、産後のケアや新生児ケアをサポートする専門職です。
厚生労働省の令和5年衛生行政報告例(就業医療関係者)によると、全国で38,063人が働いています。
現在、助産師のほとんどは病院か診療所で働いていますが、助産院を開くことも可能です。
おもな仕事は以下になります。
- 妊娠から産後までの母子の保健指導
- 育児指導や不妊治療の相談
- 正常な経過の妊娠、出産の分娩介助
- 思春期、更年期の相談
助産師になるには
助産師となるためには、まず看護師の資格取得が前提となります。
助産師になるためのルート
引用:厚生労働省 job tag(職業情報提供サイト)
助産師・看護師同時取得が最短ルートですが、その分勉強や実習に追われるハードな学生生活を覚悟せねばなりません。
看護師も助産師も国家試験は毎年2月上旬から中旬と設定されています。
日程的には助産師が先で、数日後に看護師の試験というのが通例です。
この場合、先に助産師試験に合格したとしても、看護師試験に落ちれば資格は取得できません。
「男性は助産師になれない」は法律で決まっている


現在の日本では、男性は助産師になれません。それは次のように法律で規定されているためです。
第三条 この法律において「助産師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、助産又は妊婦、じよく婦若しくは新生児の保健指導を行うことを業とする女子をいう。
引用:厚生労働省 保健師助産師看護師法
保健師助産師看護師法では、助産師の業務につけるのは女子のみとされています。
男性が助産師になるのは、この法律が改正されない限り不可能なのです。
「男性助産師」のあゆみ


現状では男性助産師の誕生は不可能ですが、かつては男性にも門戸が開かれていた仕事でした。
ここでは男性助産師が歩んだ歴史について解説していきます。
昔は存在した男性助産師
助産師はかつて「産婆」と呼ばれ、分娩介助・産後の女性や新生児の世話をする役割を担っていました。
江戸時代や明治の中盤あたりまでは正常分娩を扱う「男性産婆」の存在も確認されています。
ところが、明治32年「産婆規則と産婆試験規則、ならびに産婆名簿登録規則」の公布で変化が訪れます。
法律の中で「満20歳以上の女性」という規定が入ったため、事実上女性独占の職業となってしまったのです。
地方に法律が普及するのは非常にゆっくりでしたが、その過程で男性産婆は次第に姿を消していきました。1
「産婆」から「助産婦」そして「助産師」へ
1948(昭和23)年には「保健婦助産婦看護婦法」を制定、それまでの「産婆」が「助産婦」と変更されました。
名前が示す通り、女性だけの職業であるのは変わりなく、男性は受験する資格すら与えられませんでした。
それが1985年(昭和60年)、日本が国連の男女差別撤廃条約を批准したことにより徐々に変わっていきます。
看護婦・保健婦・助産婦といった女性だけを表す名称を、男女共通の呼び名に変更する動きが活発化していったのです。
これに伴い、男女差別とも言われていた助産師の「女子のみ」の条項も議論されていくことになります。
名称変更だけで終わった法律改正
2000年代に入り、国会では、名称変更とセットで男性が助産行為に携われるよう法律を改正する動きがありました。
日本看護協会が男性助産師導入推進の意見を表明したこともあり、一時は法案通過も目前とされていたのです。
しかし、日本助産婦協会(現・日本助産師協会)の反対意見やマスコミの否定的な見方が状況を一変させます。
結果的には廃案となり、のちに名称変更だけが再び法案として提出され、可決されました。
これが2002年(平成14年)に「保健婦助産婦看護婦法」が「保健師助産師看護師法」に改正された流れです。
「助産婦」は「助産師」と改められましたが、「女子のみ」の規定が変わることはありませんでした。
それから20年以上経ちましたが、いまだに議論は平行線のままです。
では、男性助産師誕生を阻む反対意見とはなんなのでしょうか?
次の章で明らかにしていきます。
男性助産師が実現しないのはなぜ?


法律で禁止されているということはわかりましたが、男女平等の世の中でなぜ規制されたままなのでしょうか?
その理由について掘り下げてみましょう。
男性助産師に対する反対意見
男性でも、泌尿器科や肛門科において女性看護師に患部を見せるのにためらいがあるのではないでしょうか。
女性が産婦人科にかかる場合は、それ以上の恥ずかしさや苦痛を感じていると考えられます。
出産以外にも産後の乳房マッサージや悪露の処理など、同性同士でも羞恥心が働く場面がいくつもあるからです。
ホルモンの影響でナーバスになりやすい妊産婦にとって、男性助産師の存在自体がストレスとなる可能性があります。
職業選択における「男女平等」は尊重されるべきですが、サービスを受ける側の心情を無視するわけにはいきません。
産婦人科医はOKなのに助産師はNG?
産婦人科医は検査や帝王切開・会陰切開など医師にしかできない処置を担当します。
あくまで医療行為の範囲内での関わりとなるため、男性であっても問題視されることはほとんどありません。
対して助産師は、出産介助だけでなく産前産後のケアまで幅広く行うため、身体的接触も多くなります。
医師に比べて身近な存在であるだけに、妊婦側も男性には任せたくないという気持ちが強くなるようです。
本人はもとより、そのパートナーにとっても男性助産師の存在は受け入れがたいと言われています。
実習先が確保できない
1989年(平成元年)、男子看護学生に対する母性看護学の実習が義務化されました。
男女平等の観点から実施されることになったのですが、実際の運用には教育機関も頭を痛めています。
実習先の産婦人科からは拒否されたり、明らかに女子とは違うカリキュラムが組まれたりと男子学生には厳しい状況です。
今後男性助産師教育が行われるようになっても、実習先確保は困難を極めるかもしれません。
これが男性助産師誕生を阻む理由の一つとも考えられています。
海外の男性助産師事情は?


日本において男性が助産師として活動するのは現段階では難しいことをお伝えしてきました。
それでは、海外はどうなのでしょうか?各国の男性助産師事情を調べて見ました。
男性が助産師資格を取れない国
日本と同様に男性が助産師資格を取れないよう法律で規制している国は次の4カ国です。
- カンボジア
- サウジアラビア、
- アフガニスタン
- ブルネイダルエスサラーム
どの国も宗教的な戒律や文化の問題から男性助産師を禁じているとされています。
なお、韓国や台湾に規制はありませんが、実態として存在していません。
男性助産師が活躍している国
少数ながら男性助産師が活躍している国もあります。
国名 | 男性比率(参考値) | 勤務実態 |
アメリカ | 1%(認定助産師は6%) | 行政での医療政策立案 研究がほとんど |
フランス | 2% | 特に性差はなし |
オランダ | 3.6% | 特に性差はなし |
スペイン | 7.4% | 特に性差はなし |
イギリス | 0.3% | 特に性差はなし |
オーストラリア | 1.5% | 特に性差はなし |
*計算方法が統一されていないため、男女比率はあくまで参考値
このほか、ノルウエーやフィンランドでも性別による資格制限は設けられていません。
アフリカの一部地域では男女の割合がほぼ互角だとされている話もあります。
国境なき医師団の男性助産師
「国境なき医師団」とは紛争や災害、貧困により医療が届きにくい地域に無償で援助をする非営利団体です。
医師だけの団体と思われがちですが、実際は他の医療従事者・非医療従事者もメンバーとして参加しています。
海外派遣される助産師の中には男性も一定数おり、医療人材不足の地域で活躍中です。
海外の助産師資格
日本では看護師資格を持っていないと、助産師になることはできません。
海外では看護師資格を必要としない、ダイレクトエントリー(DE)課程という助産師の教育方法を取り入れている国があります。
DE課程のある国 | DE課程のない国 |
フィリピン、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、オランダ、フランスなど | 日本、韓国、中国、インド、サウジアラビア、スウェーデン、スペイン、アメリカ |
より作成
国際助産師連盟(International Confederation of Midwives)は助産師教育課程の最低年限を、DE課程では36ヶ月、看護基礎教育修了者では最短でも18か月間を提唱しています。
男性でも働ける助産師以外の関連医療職は?


日本助産師協会では助産師の役割を次のように定義しています。
「妊娠期、分娩期、産褥期、乳幼児期における、母子および家族のケアの専門家」
ですが、母子保健分野の専門家は助産師だけではありません。
ここでは男性でも目指せる関連職種について解説していきます。
産婦人科医
男性であっても新生児を取り上げることのできる、唯一の職業です。
妊娠や出産に関する医療行為、女性特有の疾患に対する診断や治療を行うのが役目となります。
正常分娩なら助産師のみでの介助が可能ですが、高齢出産などリスクの高い妊婦や胎児に関しては医師の介入は必須です。
ちなみに、産婦人科医の約55%は男性で占められています。
小児科医
胎児に異常が見つかった場合、産婦人科医だけでは対処できません。
妊娠・出産に関するあらゆるトラブルに対応する「周産期母子医療センター」では、小児科医も協力して治療にあたります。
新生児を直接取り上げることはありませんが、小さな命を病から守る上で重要な役割を果たす職業です。
保健師
助産師と同様、かつては女性のみの資格でしたが、1993年(平成5年)年から男性も取得可能になりました。
おもに地方自治体の保健所や健康センターで、住民の健康見守りや健康増進を促す活動をする専門職です。
その中でも「母子保健」は重要で、妊娠〜子育て期までの親と子供をサポートするため、検診や相談業務を行なっています。
男性は全体の3%程度と少ないながら、母子保健分野での父親目線の活動が評価され始めています。
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男性助産師の未来


世界を見ても決して数が多くない男性助産師ですが、今後日本で導入される可能性はあるのでしょうか。
最後に将来の見通しについて考えていきましょう。
男性助産師誕生は不可能ではない
1970年代のイギリスでは、男女平等の観点からそれまで法律で規制していた男性助産師導入を模索していました。
まずはテスト期間を設け、妊産婦・同僚助産師が男子助産学生と接した感想を徹底的に分析するところから始めています。
そこから女性側の拒否感情が導入を阻むほど強力ではないという結論に至り、1983年に本格的な運用が決定されました。
現在では、出産介助者としてだけでなく、妊婦のパートナーから「父性」を引き出す専門職として信頼を集めています。
急な変革は難しいかもしれませんが、イギリスの事例は日本での導入に一筋の光を与えてくれるのではないでしょうか。
男性助産師に対する賛成意見
男性助産師に対しては肯定的な意見も多くあります。
- 男性のほうが意外に繊細な人が多い
- 蚊帳の外になりがちな「父親」に積極的参加を促す存在になってくれる
- 知識や技術が伴っているなら男女の区別は必要ない
- 男女平等なのだから職業選択に性別を持ち出すのは間違っている
- 人手不足を補ってくれる貴重な人材だ
産婦人科医選びでも、あえて男性医師を指名する妊婦もいます。
妊娠出産を実体験できない男性だからこそ、逆に相手に寄り添おうと努力してくれると感じているからです。
男性助産師にも同じような期待がかけられています。反対派ばかりではないのです。
男性助産師を描いたマンガ『俺は助産師』
実際には存在しない「男性助産師」を主役としたマンガがKADOKAWAから刊行されています。
妊娠や出産の場面で「夫」や「父親」がどう関わっていくべきなのかを男性助産師の目線で描いた意欲作です。
「お産は女性だけのもの」という固定概念をくつがえし、男性だからこそできるケアを示してくれています。
男性助産師の将来性や役割の重要性を感じさせる一冊です。興味のある方はぜひ目を通してみてください。
まとめ


今の日本では、男性助産師誕生はまだまだ先になりそうです。法律改正の議論を静かに見守っていくしかありません。


ぼくが大きくなるまでに法律が変わっているといいな!
男の子の願いはすぐにはかなわないかもしれませんが、海外での活動や関連職種への就職など道はいくつもあります。
生命の誕生に関わる、さまざまな仕事に興味を持ちながら、情報を集めていけるといいですね。